北極航路遠征隊(フランクリン遠征隊)が北極海で失踪!2014年9月に氷で閉ざされた船が見つかった!世紀の大発見で原因究明なるか!【世界まる見え】

2017年1月23日(月)  19時00分~ 放送の『世界まる見え!大発見2時間SP』では

北極航路遠征隊】について放送されます。

今からおよそ170年前の1845年、北極圏航路開拓のための129人を乗せたイギリスの2隻の船が北極海で忽然と姿を消す事件が発生しました。

その後、謎を解く手がかりが次々に発見されますが、

肝心な船だけがなかなか見つかりませんでした。

 

ところが2014年9月に6年にも及ぶ捜索の末、ついに沈没船が発見されたのです。

 

フランクリン遠征隊というのですが、いったい何があったんでしょうか。

北極航路遠征隊(フランクリン遠征)とは(概要)

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フランクリン遠征は、

1845年にイングランドを出発したイギリスの北極海探検航海であり、

ジョン・フランクリン海軍大佐が指揮していました。

 

フランクリンは過去に3回北極海に遠征していて、その2回目と3回目は隊長を務めていた。

4回目がこの遠征であり、引き受けたときは59歳でした

 

遠征の目的は、カナダ北極諸島を通ってヨーロッパとアジアを結ぶ北西航路の中で、

まだ航海されていない部分を横断することでした。

 

 

しかし遠征の初期に幾つかの問題が発生しました。

 

遠征隊の2隻の船(エレバス号とテラー号)がカナダ北極圏キングウィリアム島に近いビクトリア海峡で、

氷に閉ざされてしまい、フランクリンを含む隊員129名全員が身動きが取れなくなりました。

 

当時は連絡手段もなく、ただ氷が解けるのを待つのみでした・・・

 

 

イングランドの海軍本部はフランクリンの妻ジェインらに懇願されて、

1848年

行方不明となっていたフランクリン遠征隊を捜索するための部隊を出発させました。

 

フランクリンの名声が高かったこと、および海軍本部が遠征隊の発見者に報酬を出すと発表したこともあって、

多くの者達が捜索に加わり、1850年のある時点ではイギリス船11隻、アメリカ船2隻が関わっていました。

 

 

この捜索により、乗組員3人の墓など、遠征隊の遺物が初めて発見されました。

 

1854年

イヌイットからフランクリン隊の遺品を取得しました。

 

またイヌイットから

多くの白人が氷上の行軍中に飢え死に

仲間の肉を食べた跡まであったという話を聞いたそうです。

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1859年

フランクリン遠征隊の隊員が船を捨てるに至った詳細を記したメモキングウィリアム島で発見されました。

memo出典:wikipedia

そのメモには

1848年4月25日の日付で、エレバステラーが1年半氷の中に閉じ込められた末、乗組員は4月22日に船を放棄したこと、

1847年6月11日に死んだフランクリンを含め、その時点で24人の士官と乗組員が死んでいたことが書かれていました。

クロージャーが遠征隊を指揮しており、残り105名が翌日に出発して、南のバック川方面に向かうと記されています。

 

このメモのおかげで推測できたんですね。

 

1981年

科学者チームが、ビーチー島とキングウィリアム島でフランクリン遠征隊の隊員が残した墓、遺体などの科学的研究を始めました。

 

ビーチー島で見つかった墓の隊員の死因は肺炎でした。

 

さらに船の食料倉庫に収められていた缶詰のはんだ付けがまずかったために

鉛中毒で健康を悪化させた可能性があることも分かりました。

しかしその後、この鉛の出どころは缶詰の食料ではなく、

遠征隊の船に取り付けられた水の蒸留装置だったのではという意見も出ました。

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キングウィリアム島で見つかった人骨の切断面からは、人肉食を行った痕跡がみられたそうです。

研究の全ての結果を合わせると、低体温症、飢え、鉛中毒、壊血病などの病気

さらには適切な衣類や栄養が無いままに過酷な環境に曝されたことで、

隊員全員の死に繋がったことが推測されました

 

 

北極航路遠征隊(フランクリン遠征隊)の船、乗組員、物資は?鉛中毒の原因

エレバス号:積載量378トン

テラー号:積載量331トン

2隻の船は、当時最新式の装備を備えていたそうです。

鉄道の蒸気機関で船は独力で時速7.4 km(4ノット)で航海できました。

・乗組員のため室内スチーム暖房付きだったそうです。

・船の図書室には1,000冊以上の図書が収められていました。

・3年間は持つ保存食あるいは缶詰食料が積まれていました。

 

しかし、この缶詰もしくは蒸気機関によって健康が阻害された可能性があるのです。

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フランクリン隊が出発するちょうど7週間前の4月1日に注文を受けていたため

時間がありませんでした。

大急ぎで作ったため、はんだが厚くつけられ食品に触れていたのでした。

そのため乗組員が鉛中毒になってしまったのではと推測されました。

 

 

 

もう1つの説は

補助推進力のために鉄道用の蒸気機関を船に装備したことであり、

これは蒸気を得るために推定1トン/時の真水を必要としました。

 

このために船には特有の水の蒸留装置が備えられ、

当時使われた材料を考えれば、

 

非常に高濃度の鉛を含有した水を大量に生産した可能性が強いそうです。

 

食料がないってことですよね。

 

お腹はどうしても空いてしまいます...でも食べたら気分が悪くなるという悪循環

 

最悪な環境だったことが想像できます。

 

航海ルートが残しされたメモにより発覚!

詳細は次のページで!!

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