妻・倫子さんとの闘病生活や弟について
長い闘病生活で心が折れそうになったこともあった。
そんな盛田を陰で支えたのが、妻の倫子さんでした。
倫子さんと盛田幸妃さんは20代半ばに知り合い結婚しました。
倫子さんは日本航空(JAL)の客室乗務員として働いていたそうです。
プロ野球選手とCAって昔はよく聞きましたね。
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近鉄時代の同僚で、盛田幸妃さんを兄貴と慕った古池拓一さんは、倫子さんの印象をこう語りました。
『何度か奥さんも一緒に食事をしたことがありますが、奥さんは『ザ・プロ野球選手の妻』のような人なんです。決して前には出ず、闘病中も陰で盛田さんを支えていた。盛田さんは人の意見をあまり聞くタイプじゃなかったから奥さんは大分苦労したと思いますよ。でも何も言わずに、とにかく尽くすタイプでした』
プロ野球選手の奥様じゃなくても、一歩下がって夫をたてる素敵な奥様ですね!
私も見習わないと・・・。(笑)
リハビリ中、盛田は焦りと不安から些細なことで妻にきつく当たることもあったといいます。
その度に倫子さんは、トイレに駆け込み泣いたそうです。
それでも盛田幸妃さんの前では、常に笑顔でいることを心がけ、文句も言わず献身的に介護を続けたそうです。
『あなた一人くらい私が食べさせてあげるから』
と言って盛田幸妃さんを元気づけたこともあったそうです。
なかなかそこまでできる人いないと思います!!
そんな妻の姿を見て盛田幸妃さんの心境にも変化が現れたそうです。
かつてテレビ番組に出演した時、盛田幸妃さんは
『それまでは自分一人で闘っていると思っていたが、妻に『ありがとう』、『ごめんね』という言葉が言えるようになった。今までなら考えられないことだった。病気をして人に優しくなれた』
と語ったそうです。
素敵な奥様ですね!
夫の前で泣かないなど献身的で、夫のことを一番に考えていたんでしょうね。
しかし2006年、36歳の時に再び悲劇が襲う。
自宅で入浴中に右腕が激しく痺れ、そのまま意識を失ったそうです。脳腫瘍の再発。
2度目の手術も無事成功して再出発!
順調に回復しているかと思いきや、
しかし2013年にも再々発・・・
また転移……。重粒子を今回は4回の放射です。大したことは無いのですが、食事制限と時間の確定が難しいので入院します。週末には自宅に帰って来ます。
この病気の完治は今のところありません。転移したら治す。まめに検査するだけ。後は仕事を頑張る。人生これから。同情するなら仕事くれ。
病気には笑顔がいいらしい。病気で苦しんでいる皆さん、そして家族の皆さん……上を向いて歩こう
二週間前から入院してしまいました。今度は右足の付け根を骨折したので大変です。いきなり折れたので、最高に痛かった。嫌なことばかりですがしょうがない……としか言えない。体重も80kgになりました。何とか生きます。心配かけてすみません
以上盛田幸妃さんのブログより
病状を詳しく書いていたブログは2014年4月26日を最後に更新は止まっています。
ガンの怖さを思い知るような内容ですね。
ブログの更新が無くなった頃から、盛田幸妃さんは家族以外の誰にも病状を明かさなかったそうです。
妻の献身的な介護に加えて、亡き弟の存在も、挫けそうになる盛田の心を支えたそうです。
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盛田幸妃さんの弟・幸司さんは5歳の時に「リンパ肉腫」という原因不明のがんで亡くなっています。
5歳ってまだまだ小さい子供なのに・・・。
弟の死以来、盛田幸妃さんは高校までずっと弟の写真を背番号の裏に縫い込んでプレーしていたそうです。
盛田幸妃さんは両親についてブログでこう綴っています
俺が病気になると両親が俺に謝ってくれる。自分たちの責任と考えるのだろう。でも謝るのは俺のほうです。心配ばかりかけている親不孝な息子です。
ガンなどは遺伝も関係するからでしょうか、両親に謝られることがあったそうです。
人の死ってつらいですよね・・・
まとめ
通算成績47勝34敗29セーブ!
最優秀防御率のタイトルも奪取した盛田幸妃さん。
脳腫瘍がなければ・・・大魔神佐々木主浩さんと同じようにメジャーなどでも活躍できるほどの投手だったのではないでしょうか?!
現に脳腫瘍から復活してカムバック賞を取るという凄さ!
なかなかまねできない努力の賜物だったのではないでしょうか。
それも妻・倫子さんの支えがあったからこそですね。
夫婦は支えあって生きていくものですよね。
天国から倫子さんのことを優しく見守っていてくれているのではないでしょうか。
最後まで読んでいただきありがとうございました。
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