9月15日(木)19:57~放送の『奇跡体験!アンビリバボー』は
【とあるバスケットボール選手にまつわる、奇跡の実話】です。
とあるバスケットボール選手の名前は下地一明さん。
下地さんはバスケで全日本代表候補入りするという実力のも持ち主だったのですが、ある難病により、選手生命を絶たれてしまいます。
下地さんのその後や、病気とはいったいなんだったのでしょうか?
下地一明さんのwiki風プロフィールや経歴!
名前: 下地 一明 (しもじ かずあき)
生年月日: 1976年12月4日
出身地: 沖縄県
出身大学: 中央大学
職業: 元バスケットボール選手 指導者
下地さんの年齢は39歳です。
小学校3年生までは静岡に住んでいた下地さん、当時はサッカーを習っていたそうです。
その後沖縄県に住むことになり、そこでもサッカーを続けていました。
中学に進学してからは軟式テニスをしていたそうですが、中学1年生の時点で177センチもあったため、バスケを進められたそうです。
特にバスケをやる気はなかったそうですが、周囲からの勧めにより中学2年生から本格的にバスケを始めることとなりました。
中学3年生の時にはすでに191センチもあったそうです。
地元沖縄のバスケ強豪校である北谷(ちゃたん)高校に進学し、
沖縄バスケ界伝説の指導者と言われている安里幸男さんの指導を受けることとなりました。
高校でもどんどん実力を伸ばしていき、2年生の時には全日本ジュニア代表にも選ばれ、全国屈指のプレイヤーとして活躍されていました。
当時下地さんは自分勝手なプレーをすることが増え、失敗することも増えていったそうです。
インターハイ出場をかけた県大会では惜しくも決勝で敗れてしまい、出場することができませんでした。
当時は沖縄県大会の決勝戦がインターハイの決勝戦と言われるほど沖縄には強豪校がいたようです。
その後大学は中央大学に進学し、大学では全日本代表候補入りを果たしました。
大学でも自分勝手なプレーは変わらず、恩師である安里先生からは再三注意され、「天狗になるな」と言われていました。
大学でも一流選手としてプレーしていた下地さんですが、
突然悲劇が襲います。
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大学3年生の秋の関東大学リーグ戦中にことは起こりました。
下地さんは突然胸痛に襲われ、ベンチに下がります。
胸痛は試合中に受け肘打ちが原因だろうと考え、すぐに治まると思っていました。
私はバスケ経験者ではないのでよくわかりませんが、体の接触が激しいスポーツなので危険なことは多くあるんでしょうね。
しかし、胸痛は治まることなく、痛みはどんどん強くなっていきました。
汗も止まらず、背中も痛い。
死にそうなほどの胸痛に襲われ、救急車で緊急搬送されました。
下地さんを襲った病気については次のページで!!
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