マッターホルンの悲劇 初登頂事故の真相・真実は?イモトも挑戦!その後や現在は?【世界まる見え】

9月19日(月)19:00~放送の『世界まる見え!テレビ特捜部』は

秋の夜長に大事件です!ミステリークイズ3時間スペシャル】です!

今回の放送ではヨーロッパ・アルプスを代表する山「マッターホルン」に初登頂する話です。

コロッセオで行われた地下競技についての特集もあります!

マッターホルンの登頂をイタリア側から試みる人が多かったのですが、イタリア側の登山路は険しく、多くの登山隊は岩壁を攻略できずに退散していきました。

 

しかし、ついに1865年今から約150年ほど前に初登頂に成功した方々がいました。

初登頂に喜んでいたのは束の間、下山の際に4人が死亡するという謎の事故が発生しています。

その事故は不慮の事故なのか、それとも・・・?

1865年イギリスの登山家チームがマッターホルン初登頂に成功する!

マッターホルンは標高4778メートルのスイスを代表する名峰です

モンブラン・モンテローザ・ユングフウラなどの初登頂に比べると比較的初登頂は最近のようです。

最近といっても今から150年も前の話なのですか。

 

これは技術的な困難によるものではなく、この山が霊峰であるということを登山家達が恐れたからであったそうです。

天空を突き刺すかのような形をしたマッターホルンは、頂上に立つことなど絶対に不可能と思われていて、頂上には悪魔がいると本気で信じている人もいたほどだそうです。

この写真ではもはや山ではなく、1つの壁のように見えますね。

ある登山家ウィンパーはマッターホルンの初登頂を目指し、何度も挑戦したことがあったそうです。

 

1865年7月7日、ウィンパーはイタリア人ガイドで一緒にマッターホルン登頂に挑戦していた仲間カレルを誘い再び初登頂に挑戦しようとしましたが、カレルは悪天候を理由に断りました。

2人は4000メートルまで登ったことがあるそうですが、頂上にまではたどり着くことはできなかったようです。

 

その4日後、カレルはほかのイタリア人グループと共に山頂していることを知り、もちろんウィンパーは怒りますよね。

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自分が絶対に先に初登頂すると強く意気込んでいたことでしょう。

 

カレルが山頂していたのはイタリア側から。

ウィンパーは不可能だと言われていたスイス側から山頂を始めました。

スイス側からは山頂は不可能だと言われていたのですが、スイス側からの方が岩雪崩も少なく、登頂に有利になっていることにウィンパーは気づいていました。

 

その後ウィンパーはダグラス卿、ハドソン、ハドウとガイドのクロ、タウクヴァルダー親子の7人で一緒に初登頂を目指すことになります。

左上から時計回りにタウクヴァルダー父、ハドソン、ハドウ、ダウクヴァルダー息子、ウィンパー、ダグラス卿、クロ

そして、1865年7月14日に7人は初めてマッターホルンの登頂に成功したのです。

ウィンパーを裏切ったカレルよりも先に登頂に成功したウィンパーは200メートル下に枯れるがいることを発見し、大声をかけ自分が勝ったことをカレルに知らせると、カレルは落胆し登頂することなく下山したようです。

 

そして登頂は不可能と言われていたスイス側の登山路はほかの登頂ルートよりも平易だったようです。

やってみないとわからないことって生きているとたくさんありますもんね。

 

初登頂に成功した快感、そしてそこから見る景色は別格のことだったんじゃないでしょうか。

7人は、「輝かしき生涯を圧縮したような一時間」を山頂で過ごしたそうです。

その後、下山することになるのですが、そこでマッターホルンの悲劇と言われる事故が起こってしまうのです・・・。

続きは次のページで!!

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